・・・ちょっと古い日本経済新聞の切り抜きで恐縮ですが、東大の木村尚三郎教授が次のように述べています。
「モンテカルロであれ、リヴィエラであれ、モナコであれ、金を稼こうとしてカジノへ行く人は、庶民である。
しかし金持ちが1万ドルとか5万ドルの大金を賭けるテーブルは、必ずしも金儲けが当事者の目的ではない。
そこでは、上流の紳士淑女が周りを取り巻き、成り行きいかんと、固唾をのんで注目している。
そして金持ちが負けたと分かったとき、入びとはいっせいに彼の顔を見る。
しかし、当の金持ちは眉ひとつ動かさず、ポケットからハバナの葉巻きなどを取り出し、悠然と一服、プカリとやる。
見物人は心のなかで思う、えらいものだ、この人にはまだまだ金がある、と。
つまり、どれだけの額まで負ける力があるか、自分の財産がいかに大きいかを見せるため、自らの社会的・経済的な信用度を示すために、金持はカジノに行く。」
・・・負けっぷりを見せるために賭をする日本人はいませんし、そういう発想さえもできません。
そういう発想ができるのはフローもさることながら生涯遊んで暮らせるだけのストックを持っているからでしょう。